こんにちは。
原裕輝です。
いつもありがとうございます。
●今回の記事の概要
彼のことを支えたくて、励ましたり、話を聞いたり、一生懸命できることをしてきた。でも、彼の問題は解決しなかった。二人の関係も思うようにはいかなかった。
そんな時、「私は彼の役に立てなかった」「何もしてあげられなかった」と思ってしまうことがあります。でも、本当にそうなのでしょうか?
今回は、結果だけを見ていると見落としてしまいがちな、あなたが彼に与えてきたものについて考えてみたいと思います。

原裕輝です。
いつもありがとうございます。
●今回の記事の概要
彼のことを支えたくて、励ましたり、話を聞いたり、一生懸命できることをしてきた。でも、彼の問題は解決しなかった。二人の関係も思うようにはいかなかった。
そんな時、「私は彼の役に立てなかった」「何もしてあげられなかった」と思ってしまうことがあります。でも、本当にそうなのでしょうか?
今回は、結果だけを見ていると見落としてしまいがちな、あなたが彼に与えてきたものについて考えてみたいと思います。

今日のテーマ
「結果だけを見て、彼に与えてきたものを見落としていません
*こちらの記事はアメブロに掲載したものを、原の公式ブログでも読めるように掲載しています。
文:心理カウンセラー 原裕輝(はらひろき)
■あなたが誰かにもらった「光」は何ですか?
あなたが、誰かから「光」と呼べるようなものをもらったことがあるとしたら、それは誰からもらったものでしょう?
ここでいう「光」とは、
安心感だったり、
勇気だったり、
希望だったり、
喜びだったり、
楽しさだったり、
認めてもらえたという感じだったり、
「ここにいていいんだ」と思える居場所だったり。
そんな、心にとって良いもののことです。
例えば、パートナーからもらった光を思い浮かべる方もいるかもしれません。
落ち込んでいた時に、パートナーが励ましてくれた。
その時のことを思い出して、
「私には味方がいるんだと思えて、安心できたなぁ」
という方もいるでしょう。
既婚者の方であれば、お子さんからもらった光を思い浮かべる方もいるかもしれません。
疲れて家に帰った時に、
「おかえりー」
と玄関まで走ってきて抱きついてくれる。
その時に感じる癒しが、あなたにとって光になっていることもあるでしょう。
あなたは、誰から、どんな光をもらってきましたか?
人生を変えるような大きなものでなくてもかまいません。
大きなものも、小さなものも含めて、思い浮かべてみてもらえませんか?
■あなたも誰かに光を与えてきたのかもしれない
あなたが誰かから何かを与えてもらってきたように、
たぶん、あなたも誰かに光と呼べるようなものを与えたことがあったと思うんです。
パートナーに、
親御さんに、
子どもに、
友人に、
やさしさを与えたり、
励ましたり、
笑顔にしようとしたり、
安心してもらおうとしたり。
そんなことがあったのではないでしょうか?
でも、そのあなたが与えようとしてきたものを、ご自身で過小評価していることはありませんか?
■結果だけで、自分が与えたものを評価していませんか?
私たちは、“結果”によって自分を評価してしまいがちです。
そのため、
やさしさ、
善意、
励ましの言葉、
笑顔、
などなど、
光と呼べるような肯定的なものを誰かに与えようとしていても、
その結果が自分の望んだものではなかった時に、
「意味がなかった」
「役に立てなかった」
「何もしてあげられなかった」
と、自分が与えようとしてきたものまで過小評価してしまうことがあります。
恋愛でもあると思うんです。
彼がつらそうな時に、一生懸命話を聞いた。
元気になってほしくて励ました。
彼が安心できるように支えようとした。
でも、彼が抱えていた問題そのものは解決しなかった。
そんな時に、
「私では彼の役に立てなかった」
と思ってしまうことがあります。
でも、
望んだ結果にならなかったことと、
あなたが何も与えられなかったことは、
同じなのでしょうか?
■「助けてあげられなかった」と思っている子どもの話
例えば、ある人が子どもの頃、
お母さんがお姑さんとの関係で悩んでいたとします。
おばあちゃんとの関係がうまくいかず、お母さんは疲れていました。
お母さんの笑顔が、日に日に少なくなっていきます。
そんなお母さんを見て、その子は、
「お母さんを笑わせたい」
と思いました。
おどけてみたり、
学校であった楽しい話をしたりして、
一生懸命お母さんを笑わせようとするんです。
すると、お母さんは笑います。
でも、その瞬間だけなんです。
おばあちゃんとの問題そのものが解決したわけではありませんから、
楽しい話が終わると、お母さんはまた疲れた顔に戻ります。
何回やっても、
何ヶ月やっても、
何年やっても、
同じです。
その瞬間はお母さんが笑顔になる。
でも、普段は疲れた顔をしている。
すると、その子は、
「あんまりお母さんの役に立てなかったなぁ」
「お母さんを助けてあげられなかったなぁ」
と思うようになったかもしれません。
そして、
自分がお母さんに与えてきたものには目を向けず、
役に立てなかった無力感や、
失敗感や、
罪悪感ばかりをクローズアップしてしまうことがあります。
でも、
あなたがこのお母さんの立場だったらどうでしょう?
自分がつらい時に、
子どもが一生懸命笑わせようとしてくれる。
学校であった楽しい話をしてくれる。
おどけて笑顔にしようとしてくれる。
嬉しいのではないでしょうか?
その時間は笑顔になれた。
癒された。
「この子のためにも頑張ろう」
と思う力をもらったかもしれません。
お姑さんとの問題そのものは解決していなかったとしても、
その子からいろんなものをもらっていたのではないでしょうか?
この子がくれたものがある人生と、
それがまったくない人生では、
お母さんのしんどさは大きく違っていたかもしれません。
問題を解決できなかったからといって、何も与えられなかったわけではないんですね。
私たちは時折、
結果が自分の望んだものではなかった時に、
その結果に至るまでに自分が与えようとしてきたものを見落としてしまうことがあります。
■与えようとした気持ちも認めてあげよう
この子は、ご自身がお母さんに与えようとしてきたものを、改めて認めてあげてもいいと私は思うのです。
例えば、自分自身に語りかけるつもりで、
「子どもの頃、お母さんがおばあちゃんとの関係で疲れ切っていた時に、そんなお母さんを笑わせようと、おどけたり、楽しい話をしたりして頑張ったよね」
「お母さんが笑顔になれる時間を作ってあげたことも素晴らしいと思う」
「そして、お母さんを笑顔にしてあげたいと思った、その気持ちも素晴らしいと思う」
「あなたが与えようとしてきたものは、お母さんにとって光になっていたのかもしれないね」
「あなたがあげてきた光は素晴らしいよ」
そんなふうに、自分に承認の言葉をかけてあげてもいいのではないかと思うのです。
■あなたが彼に与えてきたものも認めてみませんか?
恋愛でも同じです。
あなたはパートナーに、
安心を与えようとしたことはありませんでしたか?
勇気を与えようとしたことはありませんでしたか?
笑顔になってほしいと思ったことはありませんでしたか?
疲れている時に癒してあげたいと思ったことはありませんでしたか?
「この人の味方でいてあげたい」
と思ったことはありませんでしたか?
その結果が、あなたの望んだものにならなかったこともあるでしょう。
彼の問題を解決できなかったこともあるでしょう。
二人の関係が思うようにいかなかったこともあるでしょう。
でも、
その結果だけを見て、
あなたが与えてきたものまで、
「大したことはなかった」
「意味がなかった」
「何もしてあげられなかった」
と評価してしまわなくてもいいと思うんです。
もしかすると、
あなたの言葉に励まされた日があったかもしれません。
あなたといることで安心できた時間があったかもしれません。
あなたの笑顔に癒されたことがあったかもしれません。
あなたが与えたものが、その人の光になっていたこともあったかもしれません。
あなたにも、パートナーや、親御さんや、子どもや、友人に与えてきたにもかかわらず、ご自身では評価していないものはありませんか?
もし思い当たるものがあったら、
改めて、ご自身が誰かに与えようとしてきたものを認めてあげてみませんか?
そして、
「私があげた光は、すばらしい」
と、ご自身に言ってあげてくださいね。
この記事が、ご自身が与えてきたものを見つけ直す何かのヒントになれば幸いです。
◎よろしければ、あなたの恋愛、人間関係を良くするのにカウンセリングを使ってくださいね。
↓↓↓
「結果だけを見て、彼に与えてきたものを見落としていません
*こちらの記事はアメブロに掲載したものを、原の公式ブログでも読めるように掲載しています。
文:心理カウンセラー 原裕輝(はらひろき)
■あなたが誰かにもらった「光」は何ですか?
あなたが、誰かから「光」と呼べるようなものをもらったことがあるとしたら、それは誰からもらったものでしょう?
ここでいう「光」とは、
安心感だったり、
勇気だったり、
希望だったり、
喜びだったり、
楽しさだったり、
認めてもらえたという感じだったり、
「ここにいていいんだ」と思える居場所だったり。
そんな、心にとって良いもののことです。
例えば、パートナーからもらった光を思い浮かべる方もいるかもしれません。
落ち込んでいた時に、パートナーが励ましてくれた。
その時のことを思い出して、
「私には味方がいるんだと思えて、安心できたなぁ」
という方もいるでしょう。
既婚者の方であれば、お子さんからもらった光を思い浮かべる方もいるかもしれません。
疲れて家に帰った時に、
「おかえりー」
と玄関まで走ってきて抱きついてくれる。
その時に感じる癒しが、あなたにとって光になっていることもあるでしょう。
あなたは、誰から、どんな光をもらってきましたか?
人生を変えるような大きなものでなくてもかまいません。
大きなものも、小さなものも含めて、思い浮かべてみてもらえませんか?
■あなたも誰かに光を与えてきたのかもしれない
あなたが誰かから何かを与えてもらってきたように、
たぶん、あなたも誰かに光と呼べるようなものを与えたことがあったと思うんです。
パートナーに、
親御さんに、
子どもに、
友人に、
やさしさを与えたり、
励ましたり、
笑顔にしようとしたり、
安心してもらおうとしたり。
そんなことがあったのではないでしょうか?
でも、そのあなたが与えようとしてきたものを、ご自身で過小評価していることはありませんか?
■結果だけで、自分が与えたものを評価していませんか?
私たちは、“結果”によって自分を評価してしまいがちです。
そのため、
やさしさ、
善意、
励ましの言葉、
笑顔、
などなど、
光と呼べるような肯定的なものを誰かに与えようとしていても、
その結果が自分の望んだものではなかった時に、
「意味がなかった」
「役に立てなかった」
「何もしてあげられなかった」
と、自分が与えようとしてきたものまで過小評価してしまうことがあります。
恋愛でもあると思うんです。
彼がつらそうな時に、一生懸命話を聞いた。
元気になってほしくて励ました。
彼が安心できるように支えようとした。
でも、彼が抱えていた問題そのものは解決しなかった。
そんな時に、
「私では彼の役に立てなかった」
と思ってしまうことがあります。
でも、
望んだ結果にならなかったことと、
あなたが何も与えられなかったことは、
同じなのでしょうか?
■「助けてあげられなかった」と思っている子どもの話
例えば、ある人が子どもの頃、
お母さんがお姑さんとの関係で悩んでいたとします。
おばあちゃんとの関係がうまくいかず、お母さんは疲れていました。
お母さんの笑顔が、日に日に少なくなっていきます。
そんなお母さんを見て、その子は、
「お母さんを笑わせたい」
と思いました。
おどけてみたり、
学校であった楽しい話をしたりして、
一生懸命お母さんを笑わせようとするんです。
すると、お母さんは笑います。
でも、その瞬間だけなんです。
おばあちゃんとの問題そのものが解決したわけではありませんから、
楽しい話が終わると、お母さんはまた疲れた顔に戻ります。
何回やっても、
何ヶ月やっても、
何年やっても、
同じです。
その瞬間はお母さんが笑顔になる。
でも、普段は疲れた顔をしている。
すると、その子は、
「あんまりお母さんの役に立てなかったなぁ」
「お母さんを助けてあげられなかったなぁ」
と思うようになったかもしれません。
そして、
自分がお母さんに与えてきたものには目を向けず、
役に立てなかった無力感や、
失敗感や、
罪悪感ばかりをクローズアップしてしまうことがあります。
でも、
あなたがこのお母さんの立場だったらどうでしょう?
自分がつらい時に、
子どもが一生懸命笑わせようとしてくれる。
学校であった楽しい話をしてくれる。
おどけて笑顔にしようとしてくれる。
嬉しいのではないでしょうか?
その時間は笑顔になれた。
癒された。
「この子のためにも頑張ろう」
と思う力をもらったかもしれません。
お姑さんとの問題そのものは解決していなかったとしても、
その子からいろんなものをもらっていたのではないでしょうか?
この子がくれたものがある人生と、
それがまったくない人生では、
お母さんのしんどさは大きく違っていたかもしれません。
問題を解決できなかったからといって、何も与えられなかったわけではないんですね。
私たちは時折、
結果が自分の望んだものではなかった時に、
その結果に至るまでに自分が与えようとしてきたものを見落としてしまうことがあります。
■与えようとした気持ちも認めてあげよう
この子は、ご自身がお母さんに与えようとしてきたものを、改めて認めてあげてもいいと私は思うのです。
例えば、自分自身に語りかけるつもりで、
「子どもの頃、お母さんがおばあちゃんとの関係で疲れ切っていた時に、そんなお母さんを笑わせようと、おどけたり、楽しい話をしたりして頑張ったよね」
「お母さんが笑顔になれる時間を作ってあげたことも素晴らしいと思う」
「そして、お母さんを笑顔にしてあげたいと思った、その気持ちも素晴らしいと思う」
「あなたが与えようとしてきたものは、お母さんにとって光になっていたのかもしれないね」
「あなたがあげてきた光は素晴らしいよ」
そんなふうに、自分に承認の言葉をかけてあげてもいいのではないかと思うのです。
■あなたが彼に与えてきたものも認めてみませんか?
恋愛でも同じです。
あなたはパートナーに、
安心を与えようとしたことはありませんでしたか?
勇気を与えようとしたことはありませんでしたか?
笑顔になってほしいと思ったことはありませんでしたか?
疲れている時に癒してあげたいと思ったことはありませんでしたか?
「この人の味方でいてあげたい」
と思ったことはありませんでしたか?
その結果が、あなたの望んだものにならなかったこともあるでしょう。
彼の問題を解決できなかったこともあるでしょう。
二人の関係が思うようにいかなかったこともあるでしょう。
でも、
その結果だけを見て、
あなたが与えてきたものまで、
「大したことはなかった」
「意味がなかった」
「何もしてあげられなかった」
と評価してしまわなくてもいいと思うんです。
もしかすると、
あなたの言葉に励まされた日があったかもしれません。
あなたといることで安心できた時間があったかもしれません。
あなたの笑顔に癒されたことがあったかもしれません。
あなたが与えたものが、その人の光になっていたこともあったかもしれません。
あなたにも、パートナーや、親御さんや、子どもや、友人に与えてきたにもかかわらず、ご自身では評価していないものはありませんか?
もし思い当たるものがあったら、
改めて、ご自身が誰かに与えようとしてきたものを認めてあげてみませんか?
そして、
「私があげた光は、すばらしい」
と、ご自身に言ってあげてくださいね。
この記事が、ご自身が与えてきたものを見つけ直す何かのヒントになれば幸いです。
◎よろしければ、あなたの恋愛、人間関係を良くするのにカウンセリングを使ってくださいね。
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