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カウンセラーの原裕輝です。
いつもありがとうございます。
■今回の記事の概要
自己不一致とは、理想の自分や「こうあるべき自分」と、今の自分とのズレから生まれる心の苦しさです。
「私は足りない」「まだまだだ」と自分を責め続けると、不足感は強くなってしまいます。
けれど、理想は本来、自分を裁くためのものではなく、成長の方向を示してくれるコンパスのようなもの。
この記事では、自己不一致からくる不足感をやわらげ、自分の味方になるためのヒントをお届けします。

自己不一致という不足感〜理想の自分とのズレが苦しさを生む心理〜
*カウンセリングサービスのHPに同内容をアップしていますが、こちらのブログでも読めるように転載します。
文:心理カウンセラー 原裕輝(はらひろき)
■理想と今の自分のズレが苦しさを生む
自己不一致から生まれる不足感というものがあります。
これは、他人との比較によって生まれる不足感ではなく、
自分の理想や基準と今の自分を比べることで生まれる不足感とも言えます。
たとえば、
「友達の幸せを喜べる自分でありたいのに、彼氏ができた話を聞いて嫉妬してしまい、友達の幸せを喜べない」
「言いたいことをきちんと伝えられる自分でいたいのに、自信がなくて意見を言えなかった。そんな自分が情けなくて、自己嫌悪になる」
「いつも前向きでいたいのに、少し嫌なことがあるだけで気持ちが沈んでしまい、そんな自分にがっかりする」
「人にやさしくできる自分でありたいのに、余裕がないと冷たい言い方をしてしまい、あとから自己嫌悪になる」
「感情に振り回されない大人でありたいのに、怒りや悲しみが出てくると冷静でいられず、未熟な自分を責めてしまう」
このように、理想の自分と今の自分を比べて、「自分は足りていない」と感じてしまうことがあります。
理想の自分と今の自分とのズレから生まれる自己不一致では、落胆、失望、悲しみが出やすく、そこに羞恥心や自己嫌悪が混ざることもあります。
(そういう傾向があるという話であり、他の感情の場合もあります)
■「こうあるべき」が不足感を作ることがあります
また、自己不一致は理想とのズレだけでなく、
「こうあるべき」という思い込みとのズレからも生まれます。
ここでいう
・理想 = こうなれたらうれしいもの
・べき = こうしなければならないという思い込み
です。
たとえば、
「母親なら、子どもの話をちゃんと最後まで聞くべきなのに、忙しいと途中で『あとにして』と言ってしまう。こんな自分はダメな親だと思う」
「大人なら、『本当に愛されているのかな』といちいち不安にならずに恋愛するべきなのに、私は不安になって依存的な恋愛ばかりしてしまう。大人として未熟だ」
「社会人なら、感情を表に出さずに落ち着いて振る舞うべきなのに、嫌なことがあるとすぐに顔に出てしまう。大人として未熟だと感じる」
「大人なら、人に迷惑をかけずに生きるべきなのに、しんどいと誰かに頼りたくなってしまう。自立できていない自分が情けなくなる」
「ちゃんとした大人なら、将来のことをしっかり考えて行動するべきなのに、不安が強くて決められず、先延ばしにしてしまう。そんな自分を未熟だと感じる」
など、このような「べき」という思い込みからもズレが生まれます。
こういうときも、本当に苦しいですよね。
「こうあるべき自分」と今の自分とのズレからくる自己不一致では、不安、焦り、罪悪感が出やすく、そこに恐れ、緊張、イライラ、自分を罰したい気持ちが混ざることもあります。
(こちらも傾向があるという話であり、他の感情の場合もあります)
■成長のためのコンパス
あなたにも、こんなことはありませんか。
どうなりたい自分なのか。
あるいは、どうあるべきだと思っているのか。
その自分像と今の自分を比べて、
「私は足りない」
「私はまだまだだ」
と、自分を卑下し、不足感を強めてしまうことはないでしょうか。
自己不一致のストレスは、
「理想やべきに届いていない = 失格」
という形で、理想や基準を合否判定の道具にしてしまうと、とても強くなります。
でも、理想は本来、あなたを裁くためのものではありません。
理想は、
「私はこの方向に進みたいんだな」
と教えてくれる、成長のためのコンパスのようなものです。
理想を合否判定の道具ではなく、「この方向に向かって成長していこうね」と示してくれるコンパスとして扱ってあげることができると、心は少し楽になっていきます。
■自分を追い込むのではなく、自分の味方になる
ここで助けになる考え方の一つが、セルフ・コンパッション(自分への思いやり)です。
うまくできない自分を責めて追い込むのではなく、苦しんでいる自分に対して、味方として関わってあげる姿勢です。
たとえば、
「なんでこんなこともできないんだ」
「またダメだった、バーカ、バーカ、私のバーカ」
「本当に情けない」
と自分を責める代わりに、
「今つらいよね」
「それでも一歩一歩近づけるよう、よくやっているよね」
「すぐにはできなくても、少しずつでいいよ」
と、自分の味方になって声をかけてあげるような感じです。
あなたが、あなたの味方になってあげること。
それが、自己不一致という不足感の苦しみを和らげてくれることがあります。
■ちょっとずつで自分の味方になれれば大丈夫
とはいえ、
「自分の味方になりましょう」と言われても、難しいと感じることはありますよね。
そして、ここでまた私たちは、別の自己不一致を作ってしまうことがあります。
「自分の味方になってあげたほうがいいのに、それができない私はダメだ」
そんなふうに、
「自分を大切にできない自分」を、さらに責めてしまうのです。
あなたは、このような自己不一致を作っていませんか?
でも、それも責めなくていいのです。
理屈ではわかっていても、実際に自分の味方になるというのは難しいものだと私は思います。
また、そうおっしゃる方も多いです。
だから、最初からうまくできなくて当然です。
もしかしたら、自分の味方になることが難しいのは、それだけ自分に厳しくしないと生きてこられなかった事情があったのかもしれません。
そういう方もいらっしゃるでしょう。
「自分にやさしくできない私はダメだ」と思わなくていいんです。
「何年も取り組んでいるのに、まだこんなこともできない」と責めなくていいんです。
これは、難しいものです。
だからこそ、少しずつでいいのだと思います。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、自分の味方になってあげましょう。
■一人ではほどけない苦しさがあります
こうした自己不一致の苦しさは、自分一人で気づいて緩められることもあります。
けれど、一人ではどうしてもほどけないこともあります。
そんなときは、一人で何とかしようとしなくても大丈夫です。
安心して話せる相手に、自分の気持ちを言葉にしてみること。
そして、その相手から
「できている、できていないというよりも、あなたなりに一歩一歩近づこうとする姿勢がすばらしいと思うよ」
「すぐにはできなくても、少しずつでいいよ」
「今のあなたの〇〇というところも、すばらしいと思うよ」
「完璧にできなくてもいいと思うよ」
「あなたはよくやっていると思うよ」
そんな言葉を何度もかけてもらうことで、自己不一致から生まれていた
「足りない自分」
「できていない自分」
への厳しい責めが、少しずつ緩んでいくことがあります。
自分では
「理想に届いていない私はダメだ」
「べきにできていない私は未熟だ」
と思っていたことも、誰かのあたたかい視点を通して見ることで、
「私はダメなのではなく、苦しみながらも頑張っていたんだ」
と、受け止め直せることは多々あるのです。
そうやって自分を責める気持ちが和らいでいくと、自己不一致から生まれていた不足感も、少しずつ小さくなっていくことがあります。
もしあなたが今、理想や「べき」と今の自分を比べて苦しくなっているのなら、どうか一人で抱え込みすぎないでくださいね。
あなたの苦しさを受け止めてくれる人の言葉が、あなたの心を少しゆるめてくれることがあります。
■おわりに
自分が自分の味方になってあげること。
あるいは、誰かに味方になってもらい、あたたかい言葉をかけてもらうこと。
そうした積み重ねが、自己不一致からくる不足感をやわらげ、あなたがあなた自身に対して少しずつやさしくなっていく力になるかもしれません。
この記事が、その一歩のきっかけになれば幸いです。
*カウンセリングサービスのHPに同内容をアップしていますが、こちらのブログでも読めるように転載します。
文:心理カウンセラー 原裕輝(はらひろき)
■理想と今の自分のズレが苦しさを生む
自己不一致から生まれる不足感というものがあります。
これは、他人との比較によって生まれる不足感ではなく、
自分の理想や基準と今の自分を比べることで生まれる不足感とも言えます。
たとえば、
「友達の幸せを喜べる自分でありたいのに、彼氏ができた話を聞いて嫉妬してしまい、友達の幸せを喜べない」
「言いたいことをきちんと伝えられる自分でいたいのに、自信がなくて意見を言えなかった。そんな自分が情けなくて、自己嫌悪になる」
「いつも前向きでいたいのに、少し嫌なことがあるだけで気持ちが沈んでしまい、そんな自分にがっかりする」
「人にやさしくできる自分でありたいのに、余裕がないと冷たい言い方をしてしまい、あとから自己嫌悪になる」
「感情に振り回されない大人でありたいのに、怒りや悲しみが出てくると冷静でいられず、未熟な自分を責めてしまう」
このように、理想の自分と今の自分を比べて、「自分は足りていない」と感じてしまうことがあります。
理想の自分と今の自分とのズレから生まれる自己不一致では、落胆、失望、悲しみが出やすく、そこに羞恥心や自己嫌悪が混ざることもあります。
(そういう傾向があるという話であり、他の感情の場合もあります)
■「こうあるべき」が不足感を作ることがあります
また、自己不一致は理想とのズレだけでなく、
「こうあるべき」という思い込みとのズレからも生まれます。
ここでいう
・理想 = こうなれたらうれしいもの
・べき = こうしなければならないという思い込み
です。
たとえば、
「母親なら、子どもの話をちゃんと最後まで聞くべきなのに、忙しいと途中で『あとにして』と言ってしまう。こんな自分はダメな親だと思う」
「大人なら、『本当に愛されているのかな』といちいち不安にならずに恋愛するべきなのに、私は不安になって依存的な恋愛ばかりしてしまう。大人として未熟だ」
「社会人なら、感情を表に出さずに落ち着いて振る舞うべきなのに、嫌なことがあるとすぐに顔に出てしまう。大人として未熟だと感じる」
「大人なら、人に迷惑をかけずに生きるべきなのに、しんどいと誰かに頼りたくなってしまう。自立できていない自分が情けなくなる」
「ちゃんとした大人なら、将来のことをしっかり考えて行動するべきなのに、不安が強くて決められず、先延ばしにしてしまう。そんな自分を未熟だと感じる」
など、このような「べき」という思い込みからもズレが生まれます。
こういうときも、本当に苦しいですよね。
「こうあるべき自分」と今の自分とのズレからくる自己不一致では、不安、焦り、罪悪感が出やすく、そこに恐れ、緊張、イライラ、自分を罰したい気持ちが混ざることもあります。
(こちらも傾向があるという話であり、他の感情の場合もあります)
■成長のためのコンパス
あなたにも、こんなことはありませんか。
どうなりたい自分なのか。
あるいは、どうあるべきだと思っているのか。
その自分像と今の自分を比べて、
「私は足りない」
「私はまだまだだ」
と、自分を卑下し、不足感を強めてしまうことはないでしょうか。
自己不一致のストレスは、
「理想やべきに届いていない = 失格」
という形で、理想や基準を合否判定の道具にしてしまうと、とても強くなります。
でも、理想は本来、あなたを裁くためのものではありません。
理想は、
「私はこの方向に進みたいんだな」
と教えてくれる、成長のためのコンパスのようなものです。
理想を合否判定の道具ではなく、「この方向に向かって成長していこうね」と示してくれるコンパスとして扱ってあげることができると、心は少し楽になっていきます。
■自分を追い込むのではなく、自分の味方になる
ここで助けになる考え方の一つが、セルフ・コンパッション(自分への思いやり)です。
うまくできない自分を責めて追い込むのではなく、苦しんでいる自分に対して、味方として関わってあげる姿勢です。
たとえば、
「なんでこんなこともできないんだ」
「またダメだった、バーカ、バーカ、私のバーカ」
「本当に情けない」
と自分を責める代わりに、
「今つらいよね」
「それでも一歩一歩近づけるよう、よくやっているよね」
「すぐにはできなくても、少しずつでいいよ」
と、自分の味方になって声をかけてあげるような感じです。
あなたが、あなたの味方になってあげること。
それが、自己不一致という不足感の苦しみを和らげてくれることがあります。
■ちょっとずつで自分の味方になれれば大丈夫
とはいえ、
「自分の味方になりましょう」と言われても、難しいと感じることはありますよね。
そして、ここでまた私たちは、別の自己不一致を作ってしまうことがあります。
「自分の味方になってあげたほうがいいのに、それができない私はダメだ」
そんなふうに、
「自分を大切にできない自分」を、さらに責めてしまうのです。
あなたは、このような自己不一致を作っていませんか?
でも、それも責めなくていいのです。
理屈ではわかっていても、実際に自分の味方になるというのは難しいものだと私は思います。
また、そうおっしゃる方も多いです。
だから、最初からうまくできなくて当然です。
もしかしたら、自分の味方になることが難しいのは、それだけ自分に厳しくしないと生きてこられなかった事情があったのかもしれません。
そういう方もいらっしゃるでしょう。
「自分にやさしくできない私はダメだ」と思わなくていいんです。
「何年も取り組んでいるのに、まだこんなこともできない」と責めなくていいんです。
これは、難しいものです。
だからこそ、少しずつでいいのだと思います。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、自分の味方になってあげましょう。
■一人ではほどけない苦しさがあります
こうした自己不一致の苦しさは、自分一人で気づいて緩められることもあります。
けれど、一人ではどうしてもほどけないこともあります。
そんなときは、一人で何とかしようとしなくても大丈夫です。
安心して話せる相手に、自分の気持ちを言葉にしてみること。
そして、その相手から
「できている、できていないというよりも、あなたなりに一歩一歩近づこうとする姿勢がすばらしいと思うよ」
「すぐにはできなくても、少しずつでいいよ」
「今のあなたの〇〇というところも、すばらしいと思うよ」
「完璧にできなくてもいいと思うよ」
「あなたはよくやっていると思うよ」
そんな言葉を何度もかけてもらうことで、自己不一致から生まれていた
「足りない自分」
「できていない自分」
への厳しい責めが、少しずつ緩んでいくことがあります。
自分では
「理想に届いていない私はダメだ」
「べきにできていない私は未熟だ」
と思っていたことも、誰かのあたたかい視点を通して見ることで、
「私はダメなのではなく、苦しみながらも頑張っていたんだ」
と、受け止め直せることは多々あるのです。
そうやって自分を責める気持ちが和らいでいくと、自己不一致から生まれていた不足感も、少しずつ小さくなっていくことがあります。
もしあなたが今、理想や「べき」と今の自分を比べて苦しくなっているのなら、どうか一人で抱え込みすぎないでくださいね。
あなたの苦しさを受け止めてくれる人の言葉が、あなたの心を少しゆるめてくれることがあります。
■おわりに
自分が自分の味方になってあげること。
あるいは、誰かに味方になってもらい、あたたかい言葉をかけてもらうこと。
そうした積み重ねが、自己不一致からくる不足感をやわらげ、あなたがあなた自身に対して少しずつやさしくなっていく力になるかもしれません。
この記事が、その一歩のきっかけになれば幸いです。