原です。
いつもありがとうございます。


今日は、否定的肯定法的な会話に疲れた時の提案です。
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「私のこと嫌いなんでしょ?」の会話に疲れたら



■目次





●その言葉を否定して欲しい、否定的肯定法


もしあなたが、友人から「本当は、私(僕)のこと嫌いなんでしょ?」と突っかかるように言われ、あなたは「そんなことないよ」と言ったとします。


そんな会話がしょっちゅう繰り返されるとどんな感じがするでしょう?


しょっちゅう繰り返されると疲れちゃうかもしれませんね。


中には、疲れるという表現よりも精神的に疲弊してしまうと言う言葉が適しているぐらい疲れてしまうこともあるでしょう。


もしかしたらそんな会話に疲れて、その人と距離を取りたい気分になるかもしれません。


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否定的肯定方といい、否定されることによって肯定されるという方法があります。

「本当は、私のこと嫌いなんでしょう?」

という言葉

「そんなことないよ」

否定されることによって、自分の存在を肯定されるわけですね。


自分の価値に自信がない分タイプの方は、否定的肯定方を持ちかけるような会話をしてしまうことがあります。


●もしかしたら、ちょっと違う気持ちで受け止めれるかも



このような会話で精神的に疲弊してしまった時は、ちょっとした友人なら距離を取ることで、精神的な疲弊という問題が解消されることもあるでしょう。


しかし、距離をとりたくないという関係もあるかと思います。


例えば、パートナー、家族、親友という関係。


そのような会話が行われるのは疲れてしまうのだが、相手のことが好きだし、仲良くやっていきたいという関係の場合はどうしたらいいのでしょう?

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「本当は、私のこと嫌いなんでしょう?」

と突っかかるように言われて、好きという気持ちを疑われている、信用してもらえてない、攻撃的に感じる、怖い、などなどの気持ちを感じると疲れてしまうかもしれません。


こういう時に、使えるかもしれないと言う考え方が、"攻撃は助けを求める声である"という考え方!


これは、表面的には攻撃的に見えるが、実は助けを求めている声なんですよという考え方です。


そんな考え方をすると、


何度も、
「本当は、私のこと嫌いなんでしょう?」
と突っかかるように言われることを、

『私のことを嫌いなんでしょう毎回言わないければいけないくらい、自信がなくて不安で苦しいのという心境かもしれないなぁ・・。
どうかそうじゃないと言ってて安心させて欲しいと助けを求めている声なのかもしれないなぁ』


というふうに考えれるかもしれません。


『それぐらい不安なんだなぁ』と、相手の痛みにフォーカスできると、もしかしたら安心させてあげたいという気持ちが芽生えたり、助けてあげたいという気持ちが芽生えたりして、優しい気持ちで「そんなことないよ」言ってあげれるかもしれません。



"攻撃は助けを求める声である"という考え方を使うことによって、同じ言葉でもちょっと違う気持ちで受け止めるきっかけになることがあります。


よかったらお試ししてみてくださいね。


●違った視点を持てるようになれた


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